23/07/2026
SKポニー悲願の初優勝!
名将・横井監督のもと全国64チームの頂点へ
7月22日、オーエンススタジアム江戸川で開催された「第52回全日本選手権大会」の決勝戦は、SKポニーが10-5で東京日本橋ポニーを下し、全国64チームの頂点に立ちました 。名将・横井人輝監督のもと、「繋がり」を武器に成長を遂げたSKポニーが悲願の初優勝を達成。主軸の離脱というアクシデントをポニーリーグ独自のルールを活かして乗り越え、今年1月の加盟から快進撃を見せた東京日本橋ポニーの猛追を振り切って、聖地・江戸川で歓喜の瞬間を迎えました。
▽決勝
SKポニー 3022012=10
東京日本橋ポニー 2010002=5
[S]松澤、山本ー神山、外崎
[日]辻、中濱、安谷屋ー渡邉
三塁打=外崎(S)
二塁打=神山、島田(S)安谷屋、古山、辻(日)
◾️主力の離脱と代役の奮闘
試合が動いたのは2回裏、SKポニーをアクシデントが襲った。打線の核であり捕手の神山大地が体調不良で途中離脱を余儀なくされたのである。これに伴い、右翼手の外崎凌雅が急遽捕手へと回った。
しかし、SKポニーはこの窮地を勢いに変える。捕手に入った外崎は3回表、1死二塁の場面で中越え適時三塁打を放つと、相手の失策も重なり自らも生還して2点を追加。さらに4回表には、1死満塁から鈴木友弥の適時打で加点した後、横井人輝監督が「俺が点を取ってやる」と決断した重盗(ダブルスチール)を敢行し、7-3とリードを広げた。代役を務めた外崎の活躍や、勝負どころでの機動力によって、SKポニーは試合の主導権を渡さなかった 。
◾️「リエントリー制」が生んだシーン
終盤の7回表、場内は大きな歓声に包まれた。ベンチで静養していた神山が、ポニーリーグが採用している「リエントリー(再出場)制」を活用し、先頭打者として再び打席に立ったのである。神山が放った打球は、あと数センチでスタンドインという特大のライトフライとなり、結果はアウトとなったものの、その力強いスイングは「聖地」に集まった観客を大いに沸かせた。
◾️日本橋の健闘、1年目の「大旋風」
一方、敗れた東京日本橋ポニーの戦いぶりも称賛に値するものだった。今年1月に加盟したばかりの新鋭チームでありながら、1年生22名を抱える大所帯で「公式戦全員出場」を掲げ、今大会では中学3年生世代とブロンコ世代(中1)が揃って決勝に進出するという驚異的な実力を見せつけた。
最終回にも辻結生の適時二塁打などで2点を返すなど、最後まで諦めない姿勢は全国のポニーリーグファンに強い印象を残した。加盟1年目にして大旋風を巻き起こした東京日本橋ポニーの挑戦は、中学野球界に新たな風を吹き込み、堂々の準優勝で幕を閉じた。
【優勝コラム】
史上初?大学日本一と、中学日本一をつかみ取った名将
SKポニー横井人輝監督の「中学野球の難しさと面白さ」
22日、第52回全日本選手権大会で初優勝を飾ったSKポニー。東海大を日本一へ導いた経歴を持つ横井人輝監督は、試合後のインタビューで、感極まった表情を見せながら、勝利の要因や中学野球への熱い想いを語りました。
「(優勝を決めて)いや、ちょっと感動だよね。正直に言うと、この子たちは最初、本当にまとまりのない『個人主義な集団』だったんですよ。トーナメントには向かない、繋がりが持てないチームだった。でも、子供たち自身がこの大会で『決勝まで行く』という目標を立てた。そこまで言うんだったら、僕も一役買ってあげなきゃいけない、手伝ってあげなきゃいけないという思いでやってきました。よくここまで来ましたよ。すごいことだと思います」
「今日の勝因は、やっぱり初回の先制攻撃ですね。先行でああいう攻撃ができて、完全に主導権を握れた。ただ、試合中には『余計なことしたな』と思うような指示もありました(笑)。特に4回の7点目を取ったダブルスチール。あそこは、ランナーの動きとキャッチャーの癖を見て『もしかしたら(本塁が)あるな』と。自分たちで点が取れないなら『もう俺が取ってやる』という気持ちで仕掛けました。あれが成功したのは、非常に大きかったですね」
「色々なカテゴリーで指導してきましたが、中学野球は本当に難しい。今までやった中で一番難しいです。反抗期もあるし、体の成長が早くて怪我との駆け引きもある。心の問題も、技術の伸びも……
すべてを考慮しながら子供たちと向き合うのは、自分の経験をもってしても難しいと感じます。でもね、その分、一番楽しい。面白さは最高ですよ」
「実は、うちは全く優勝を目指して作っているチームではないんです。あくまでも目的は『育成』。過酷なスケジュールの中、人数も含めて対策を練るのは大変でしたが、子供たちが最後まで諦めず、繋がりを持って夢の舞台を戦い抜いてくれた。その結果が今日に繋がったんだと思います」
「周りを見れば、かつての教え子たちがコーチとして支えてくれ、その息子さん(教え子の子供)を預かって野球ができている。孫みたいな年齢の子供たちと、この年になってこういう舞台で野球ができるというのは、こんなに嬉しいことはないですよ。本当に野球をやっていてよかった。支えてくれる親御さんやスタッフには、感謝しかありません」
【コラム】
新風となった「日本橋旋風」の旗手たち
東京日本橋ポニーの健闘
7月22日、オーエンススタジアム江戸川。第52回全日本選手権大会の決勝戦で、敗れはしたもののインパクトを残したチームがある。今年1月にポニーリーグに加盟したばかりの「東京日本橋ポニー」だ。その快進撃の象徴として、投打にわたる活躍を見せたのが安谷屋桜芽と古山奏太の二人だった。
■「努力の適時打」でチームを鼓舞した古山奏太
決勝戦の初回、3点の先制を許した直後の1回裏。二死二、三塁の好機で打席に入った古山奏太は、初球を捉えて左前へ2点適時二塁打を放ち、すぐさま1点差に詰め寄った, 。その後も3回に右安打、最終回にも中安打を放つなど、そのバットは最後まで止まることがなかった 。
古山はこの大会中、好調を維持していた理由について「監督に『挑戦しろ』と言われてから良くなった」と明かす 。その言葉を裏付けるように、彼は大会中も毎日、室内練習場にこもってバットを振り込み続けてきた 。中学野球の3年間を振り返り「長かったけど、めちゃくちゃ短かった。楽しかった」とはにかむ彼の瞳には、親友であり先発を務めた辻結生らと共に戦い抜いた充実感が溢れていた。最後には「みんな、3年間ありがとう」と、涙を誘う言葉で仲間への感謝を伝えた。
■「ポニーの風」を全身で感じた安谷屋桜芽
一方、投打の要として縦横無尽の活躍を見せたのが安谷屋桜芽だ。1回裏に反撃の口火を切る中二塁打を放つと、守備では4回からマウンドに上がり、SKポニーの強力打線に真っ向から立ち向かった。
安谷屋はもともと他リーグのチームに所属していたが、2年生の時に「自分たちに合っている」と感じてポニーリーグへと移籍してきた。アメリカを本拠地とする自由度の高いポニーリーグの中で、彼は「もっと勝ちたい」「もっとうまくなりたい」と自分自身を追い込み、成長した 。
決勝戦でも「劣勢でも最後は自分たちの力を発揮できた」と、スコア以上の手応えを口にした。
■「悔しさ」を糧に、次なるステージへ
試合後、二人の口から共通して出た言葉は「楽しかった」という清々しい響きだった。安谷屋は「高校へ行っても(厳しい競争の中で)生き残れる選手になりたい」と、すでに次のステージでの戦いを見据えていた, 。
加盟1年目にして中1世代と「ダブル決勝進出」という大旋風を巻き起こした東京日本橋ポニー。その中心で輝いた安谷屋と古山の物語は、ここで終わらない。秋には高校野球を続ける選手のためのコルト大会(9ー11月)に参加し中学野球を全うする予定だ。
(撮影/大橋直志、樫本ゆき)